カテゴリー「仕事」の記事

基本は愛だけれど

何事も、基本は愛であり、
与える姿勢があってこそ、
いい仕事が生まれるのだとおもうけれど、
愛というのは、
「愛が大事です」
といわれてもてるものでなく、
「愛をもたなきゃ」
とおもってもてるものでもなく。

しかし、
愛があふれ出るためには、
自分に余裕がないと無理だ。

自分が他のことに気をとられていたり、
ほかの事でいっぱいいっぱいだったり、
すこしでも後ろめたい思いを抱いていたりしたら、
やはり、愛のある仕事はできないだろう。

仕事をお願いする側も、
そこを見極めなければならない。

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やっぱり人間には「仕事」が必要だ

やっぱり人間には「仕事」が必要だ、とおもう。

「技術」を身につけること、
「仕事」があること、
または「仕事」をつくることは、
世界の貧困、
ホームレス問題、
若年犯罪などの解決には、
必要不可欠なことだ、という。

サンフランシスコのBAYCATでは、
裕福でない子どもたちもトレーニングをつんで技術を身につけて、
仕事を受注できるくらいのレベルまで訓練を積んでいる。

仕事につながる技術がある、技術を磨いている、
というのは、生きる希望につながっているのだ。

日本に専業主婦という生きかたが40~50年くらい前に誕生して、
社会に出て働くことをしない大人(主に女性)というのが出現し、
その人の存在価値は家事と子育てにあったが、
そういう時代も、もう終わりを迎えている。

近年、「子育て」を母親がひとりで背負うことの弊害が明らかになり、
社会で子どもを育てよう、という機運が高まっている。

そんな昨今、社会で子どもを育てていくことができれば
子育てにまつわる母親の負担は減る方向にいくことになる。
そうなったら、「家事」と「子育て」と「消費」だけで
自分の存在価値を維持することは難しくなる。

「じゃあ、地域でボランティアを」
という声もあるだろうけれど、
仕事をもっている人だって、ボランティアはやっている。

むしろ、仕事をしていて技術を持っている人が、
その技術を活かしてボランティアをするというスタイルが注目されている。

だから、やっぱり、「仕事」だとおもうのだ。
仕事をつうじて、何かに貢献できるという喜び、
それで自分が試されたり評価されたり、ということも、
時にはストレスになるけれど、
ふりかえってみると、それはお金で買えない経験であり、
人生の糧となる。

お金をつかう「消費」は、一時的な満足感を与えてくれるが、
希望は生まない。
けれど、仕事は、希望を生む。

仕事につながる技術がある、技術を磨いている、
というのは、生きる希望につながっているのだ。


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