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2007年3月

基本は愛だけれど

何事も、基本は愛であり、
与える姿勢があってこそ、
いい仕事が生まれるのだとおもうけれど、
愛というのは、
「愛が大事です」
といわれてもてるものでなく、
「愛をもたなきゃ」
とおもってもてるものでもなく。

しかし、
愛があふれ出るためには、
自分に余裕がないと無理だ。

自分が他のことに気をとられていたり、
ほかの事でいっぱいいっぱいだったり、
すこしでも後ろめたい思いを抱いていたりしたら、
やはり、愛のある仕事はできないだろう。

仕事をお願いする側も、
そこを見極めなければならない。

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知恵を出したい

久しぶりに、
怒りがおさまらないでいる私。

一生懸命だと知恵が出る 中途半端だと愚痴が出る いい加減だといい訳が出る (詠み人知らず)

こんなときこそ知恵を出したい。

愚痴もいい訳も聞く暇はない。
怯えも萎縮もいらない。

実は怯えや萎縮はいい訳の一種だ。
自分にうしろめたさがあるから萎縮しているのに、
相手が自分を萎縮させているといって、
先回りして相手を責める。

そう考えると、
萎縮するというのは、攻撃の一種でもあるな。

とにかく、一生懸命だと、
知恵が出るのだ。

知恵を出していきたい。

「わ~、素敵ぃ」、とうっとり憧れられる先生ではなく、
金八先生バリの暑苦しさをもった存在でありたい。

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切り替えのすばやさ

一生懸命だと知恵がでる 中途半端だと愚痴がでる いい加減だといい訳がでる (詠み人知らず)

インストラクター養成の講座などをやっていると、
できるひとほど、
集中して熱心にとりくんでいるし、
できていない人ほど、
私語が多くて集中力に欠け、
休憩と本番の切り替えが遅い、


という現象が見える。

だから、差は開くばかりだ。

よく、1位と2位の差は、すごーく大きくて、
2位以下の差はたいしたことがない、
といわれている。

インストラクターも、
本当に一流のインストラクターになれる人と、
なんちゃってインストラクターの間には、
やはり、すごく大きな差があって、
でも、なんちゃって同士の差はほとんどないのだろうとおもう。

表題の「切り替え」問題。
私が通ってるフラのクラスも、休憩と本番の切り替えができず、
私語の多い人がいるけど、
それは、まあ趣味のクラスなので百歩ゆずってよしとしよう。
楽しくて興奮してつい!
みたいなこともあるし。

でも、仮にも、自分の職業のために訓練にきている場で、
切り替えがおそく、私語で注意されるというのは、
まずもう、その職業には向いていないということだとおもう。


休憩からもどってくるときの切り替えの早さ、
というのは、
実は、なんでもないようにみえて、
その人の本気度が試される場面なのかも、
とおもう。


プロは、休憩時間には、
本当に休憩しきってしまうことはない。
休憩時間に、ほんとに休憩してしまうというのは、
素人の行動だ。


そこを自覚してもらう努力を、
養成する側もしていかなければ。

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地域のおつきあい・その3

3月は子どもの用事が多い。
日曜日は午前中にPTAの引継ぎ、
午後はサッカーの校庭当番。
来週の土曜は学童の遠足のお手伝い。

子どもが1年生のころは、
地域でもなんだかとても緊張していましたが、
3年生もおわりのころになると、
私もすっかりリラックスできるようになり、

「●の舞(駅まえの居酒屋)の飲み放題は安い酒つかってるよね~
もう2杯目から頭いたくなるしょ。」

とか
「●角」って、最近平日はガラガラじゃない?」

とか、
雑談ができるようになりました。

昨日の引継ぎのミーティングでは、
来年いっしょに委員の副部長をやるお母さんが、
ほぼ日手帳をもっていて、
いいまつがいの話とかもできてうれしい場面もありました。

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